大阪、関西弁ほとんど使われていない疑惑。空想の中の関西人

先日、所用により大阪に行ってきた。
人生で2度目の大阪上陸であったが、1度目は車で目的地との往復をしただけなので、実質初めて大阪を訪れたようなものであった。

私の中で大阪を構成する要素は以下の3つである。

・おばちゃん
・関西弁で覆い尽くされる街
・たこやき

しかしながら、今回の訪問ではそのことごとくが打ち砕かれ、私の中の大阪の定義は青空に漂う雲のように曖昧模糊なものに変容してしまった。 はたしてあそこは本当に大阪だったのだろうか?

わたしのカルチャーショックな体験をここに報告したい。

大阪

大阪のおばちゃんという、空想の産物

大阪に生息する生物として有名なのは「大阪のオバちゃん」であるが、 残念ながら、それらしきものを見ることはできなかった。すれ違うのは若い女性かスーツのおっさんだけである。

そもそも「今回立ち寄ったのがビジネス関連の場所だけだったから」などという言い訳はしないでいただきたい。 ビジネス街だろうがディズニーランドだろうが、お構いなしに生息域を広げるぐらいのタフさをこちらは期待しているのである。

本当に関西弁って使われているのか?

百歩譲って、オバちゃんに遭遇できなかったのは良しとしよう。 今回一番拍子抜けだったのは、「なんでやねん」の「な」の字も見聞きできなかったことである。

私のイメージでは行き交う人はみな軽妙な口調で関西弁で楽しげに話し、 街中の広告や看板は誇大広告ともとれる表現であふれているはずだった。

ところが実際はどうだ、全員標準語である。電車の中吊り広告も全て。ちょっと聞きなれない言葉が聞こえるなと思って聞き耳をたててみると 中国語である。もはや大阪は関西弁より中国語の方が使用率が高いのであろうか。

私が今回訪れたのが、埋立地の新興地区だったからなどということは理由にならない。 押し寄せる同調圧力の波などものともせず、これが大阪や!という気概を見せていただきたい。

せめて、たこ焼きは食べたかった・・・。

「大阪の食べ物=たこ焼き」なのはもはや異論を挟む余地はないだろう。
街はたこ焼きの匂いが漂い、 どこの飲食店でも必ずメニュー入りし、道行く人の左手には必ずたこ焼きが・・・そういう街なはずである大阪は。 ところがどっこい、私が今回みかけた唯一のたこ焼き関連は土産物屋にあった、たこ焼き味のスナック菓子だけである。

これはどういうことか。

たまたま目に入らなかっただけということはありえない。 食べ物=たこ焼きの土地において、たこ焼きを売っていないというのは「ここは大阪ではありません」と宣言しているようなものだ。 自らアイデンティティを否定しているのである。

もはやここは私の知る大阪ではない。
都市化により、没個性への道を辿った悲しみの街である。

サラリーマン田中 以上が、今回の私の大阪訪問についての報告である。

サラリーマン田中 ・・・。

サラリーマン田中 次来るときはきちんと観光地に行こうと思います。

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