実家に帰って、豊かさとは何か考えてみた

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今日は5月の恒例行事のために、 長野県上田市にある私の実家に帰ってきた。

サラリーマン田中 五月の恒例行事と言えば、もちろん

田植えだ。

田植えをしながら豊かさを考えてみた。

大河ドラマで今そこそこ盛り上がっているこの上田市も、市街地から20分も走ればこの有様である。

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サラリーマン田中 しっかし、何にもないな。
娯楽と言えるものはほとんどない。正真正銘の田舎だ。

ちなみに左奥で田植え機を操縦しているのが父。

本当はここの他にも田んぼがあるのだが、昨年からそちらでは米を作るのをやめた。
なぜなら、

田中父 面倒だから。

サラリーマン田中 間違いなく親子だと思わされるネガティブな理由だ。

田中父 水の調節とか、日々の世話が大変なんだよ。

サラリーマン田中 そういうのは確かに自分もお断りだわ。

この田んぼ一枚で、一年分の米をまかなうのと、親戚に少しおすそ分けするには十分だそうだ。
必要なものを必要なだけ作り、なにもない田舎でゆったり暮らす。よくあるサラリーマンの憧れの老後ライフである。

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モノやサービスやカネがあふれた東京に人口が集中する一方で、のんびりライフを求めて地方移住が注目されているのは、そういったシンプルさを求めているからなのかもしれない。

休憩しながら豊かさを考えてみた。

サラリーマン田中 田植えの楽しみはこの休憩タイムだ。

肉体労働のあとの茶はうまい!
お菓子もうまい!

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本当はもう田植えは終了したので、さっさと帰ればよいのだが、この休憩が田植えイベントの醍醐味なので。 残念ながらスキップできないのだ。

田中母 しかし、子供のころは全部手で植えてたことを考えると、今は楽になったわ。

田中伯父 そうそう、僕らが子供の頃なんか田植えなんて一大イベントだった。親戚中が集まってみんなでやってた。

半日作業でも疲れるのに、丸一日手植えは相当な重労働だろう。

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昔の人はこうやって、働いては休憩し、働いては休憩し、大変な中でもバランスをとって作業をしていたのだろう。

サラリーマン田中 人間は技術を進歩させて、いろんなことを簡単にできるようになったんだな。

サラリーマン田中 便利な世の中だ。
だけど、この便利さって果たして必要なものだろうか?

携帯電話の普及で仕事でもプライベートでもいつでも連絡が取れるようになってしまった。
インターネットやSNSの普及で、交友関係はより複雑になった。

一方で、

労働時間はへっただろうか?
将来への不安は解消されただろうか?

サラリーマン田中 便利になる一方で、余計なストレスがかかるようになっただけではないだろうか?

まとめ

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人間は、金や物や人間関係に縛られない生活をしてもいい時期に来たのではないだろうか? もっと気楽に、もっとシンプルに・・・。

田中父 あ、せっかく手伝いに来てくれたからこいつにお小遣いあげないとな。

サラリーマン田中 ありがとうございます!(30歳)

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